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  皎月の輪

むかし、ある年の春もおわりのころ、美しい姫が、白い馬にまたがり、ひとりのお伴をつれて、佐久の平尾の里へやってきた。  
そして、この地に住みついた。  
姫は、すっかり、佐久の地が気に入ったらしく、馬にまたがり、あちらこちらとかけめぐった。
 とくに、湯川をへだてて、西にひろがる原がお気に入りで、この原で、輪乗りをたのしむようになった。

「あの姫は、皎月といい、都でみかどにつかえていた官女だそうだ」
「女の身でありながら、とても馬がすきなんだと。なんでも、みかどのいかりにふれ、この地に流されたんだそうだよ。馬に熱中しすぎての失敗かも知れねえぞ!」
 誰いうとなく、そううわさし合った。  
その皎月は、 「この地に来てから、白とふしぎなほど呼吸が合うようになりました」 といい、都から追われたことを、むしろよろこんでいるようであった。 
 皎月は、しょっちゅう、お気に入りの原に来ては、馬にまたがり、芝が一面に生えた原を、円くまわるのであった。  
北に進むと、浅間山に向かい合い、西に目を向けると、烏帽子山のかなたに、夏でもなお雪をいただく山やまがのぞまれた。
南には蓼科山、東にまわれば、八ヶ岳・平尾山に向き合うかっこうになった。  
美しい山やまに見守られながら、円く原をまわるとき、この世の憂さをわすれるのだった。  

やがて、ときどき皎月は、馬の足が地につかず、ちょうど、天をかけるかのように、感じるようになった。
「佐久に来て、こうして白にまたがっていると、わたしに、神か仏が乗りうつったような、霊感をうけるのです。ふしぎなことです」 と、そばにつかえる者いった。 
ある夜、皎月は、夢をみた。 「皎月、おまえは、わしの仮の姿じゃ。やがて時がくれば、おまえは、もとの神にもどるであろう」  
夢の中に、白山大権現があらわれて、そう告げるのであった。
 皎月は、ときどき、ふしぎな霊感をうけるのは、神の化身であるためなのか、と思った。  

しばらくたったある日、皎月が、原の丘の上に立ち、白のわき腹をひとけりすると、馬もろとも、空高くまいあがった。
 空にあがった馬は、北に、南に、西に、東にと、じゅうおうむじんにとび回った。まるで、風のようであった。  
そのとき、皎月は、自分が、ふしぎな変身をしていることをさとった。  
皎月を乗せた馬は、大空をかけめぐった後、平尾山の一つのみね、吾妻山のいただきにおりたった。
「わしは人間ではない。神の化身だ。今こそ、もとの白山大権現にもどるのだ」  
皎月はこうさけんだかと思うと、大岩の間に、馬もろとも、吸い込まれるようにすがたを消してしまった。

皎月は岩間の奥ふかくっこもって、白山大権現になった。  人びとは、権現をあがめまつった。
 ところが、その後、月の明るい晩になると、きっと原のほうから、かろやかなひずめの音が風にのってきこえてくる。
「皎月さまは、平尾山にこもられたはずなのに、だれずらい」  村びとたちは、ふしぎに思った。  
そのうち、 「わしはゆうべ、白馬にまたがった皎月さまの、まぼろしのようなすがたを拝みましたに……」
「ひずめの音はきこえたが、わしには、すがたは見えなかったぞ。そりゃ、ほんとのまぼろしずらよ」  
人びとは、うわさし合った。  

ところが、原の芝の上には、ひずめによって、大きく輪がえがかれ、その輪は、比嘉たつとともに、鮮やかになっていった。
「やっぱり、皎月さまが、輪乗りをたのしんでおられるんだ」
「そうとしか、考えられねえ。こんなにくっきり輪ができてるで―――」  
春、芝がもえだすころになると、美しい緑に、輪はいっそう黒ぐろと鮮やかになった。
 輪はいつまでも消えなかった。
いつまでも輪乗りをつづけていたからだ。  村びとたちは、この原を「皎月原」とよび、この輪を「皎月の輪」とよぶようになった。

(佐久市 小田井)
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